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何を見ても何かを思い出す

自分用映画と本と日常メモ。ブログ名はヘミングウェイの短編から拝借。だいたい何を見ても何かを思い出すので。

便秘女子必見!何をやっても治らないなら、薬に頼るのもあり

村上春樹の「1Q84」の主人公がもっとも憎むものとして「便秘」を挙げており、首がちぎれるほど同意した覚えがあります。

便秘って本当に嫌ですよね。私はかれこれ小学生のときから便秘に悩まされてきました。母も便秘体質なので、おそらく遺伝的なものも含まれていると思います。

便秘と戦い続けてはや10数年、これまで私が辿ってきた便秘薬の遍歴と辿り着いたベスト・オブ・便秘薬をご紹介します。

 

 

実際使って良かった便秘薬・悪かった便秘薬

タケダ漢方便秘薬

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出典:Amazon

はじめは、コーラックなどのいわゆる下剤を服用していました。でもあれかなりお腹痛くなるんですよね。しかも我慢できないタイプの腹痛なので、電車やバスに長時間乗るときなどはとてもじゃないけど服用できません。

腹痛は中程度

タケダ漢方便秘薬は、「ぎゅるぎゅる」系の腹痛ではなく、「ん?効いてきたな…そろそろ行くか」系の便秘薬です(伝わるかな)。

効き目はかなり良いです。起きて朝食を食べると、必ず便意を催します。

量の調整が可能

一度に服用する錠剤の数が1錠〜4錠までとされているので、まずは1錠から試してみるという使い方ができます。私はかなり頑固な便秘だったので、毎日3錠〜4錠欠かさず夕食後に服用していました。

もっとも、あまり長期的に飲み続けるのはよくありません。私は180錠入りを10箱くらい飲み続けるほど依存していたので、本来の正しい服用方法ではなかったと思います。

  • おすすめ度 ★★★☆☆
  • 量の調節ができる
  • Amazonで買える
  • 効果てきめん
  • 価格が高め
  • 腹痛がそこそこある

 

センナ粉末

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出典:Amazon

タケダ漢方便秘薬の次に試したのが、こちらのセンナ末です。タケダ漢方便秘薬、意外に高いんですよね。私は毎日飲んでいたので、地味にランニングコストがかかっていました。もう少し安価で、同じような効果のあるものを探してたどり着いたのがこちらでした。

しかしまずすぎた

効果は悪くなかったのですが、いかんせん不味すぎました。私は錠剤や粉薬を飲むのがかなり得意なんですが、それでもしばしばむせました。事前に水を口に含み、口の中に粉末がつかないよう水ごと飲み込むのがこつなのですが、粉の性質上難しい上に、口の中に粉がつくと簡単には取れてくれません。ものすごい味の粉が口にべったりくっついたまま数分格闘することが何度かあり、心が折れました。

粉末だから量の調整がむずかしい

私は、この粉末をタッパーに移し替えてスプーンですくって服用していましたが、タッパーをあけるたびに粉が舞ってしまうので困りました。これ、味だけでなく臭いもなかなかのもので、臭いを嗅ぐと飲む気が失せるという代物なのです。

しかも粉末なので、量の調整が難しく、間違うと下剤系の腹痛が襲うことも少なくありませんでした。もっとも、ずぼらでない方は毎回ちゃんと重さを測って服用されると思いますので、このあたりは私の性格の問題かもしれません。ただ、面倒なことに変わりはないでしょう。

  • おすすめ度 ★☆☆☆☆
  • 価格が安い
  • Amazonで買える
  • 臭い・味・飲みにくさにおいてワースト
  • 量の調節が難しい

 

麻子仁丸(ましにんがん)

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出典:Amazon

センナ末で心がポッキリ折れたので、次は錠剤で飲めるものにしました。麻子仁丸は、生薬を配合した漢方薬です。私が服用していたウチダ和漢薬の麻子仁丸は、小さな黒い粒を20〜30粒飲むというスタイルでした。

効果はタケダ漢方便秘薬と同等

こちらは、生薬独特の臭いがかなりきついですが、粒が小さいので飲みやすいです。効果はタケダ漢方便秘薬と同程度ですが、こちらのほうが腹痛は控えめでした。

水分が少ない人におすすめ

便秘といっても様々なタイプがありますが、麻子仁丸は水分が少ないタイプの便秘持ちにおすすめです。また、腹痛が少ないので体力のない方にも適しているとのことでした。確かに、踏ん張らなくてもするんと出てくれていたので、かなり重宝しました。はじめは450丸入ったものを購入し、その後5000丸入った特大ボトルを購入し、飲みきりました。

毎食後に飲まなければいけない

こちらのデメリットとしては、毎食後に飲まなければいけないという点です。朝夕は良いとしても、昼は学校や職場などにいる人は飲みづらいですよね。私はずぼらなので、しょっちゅう飲むのを忘れていました。最後の方は、30丸まとめて夕食後寝る前に飲んでいましたが、やはり毎食後に飲むほうが効果はあります。

  • おすすめ度 ★★★★☆
  • 量の調節が細かくできる
  • 飲みやすい
  • 腹痛が少なく自然に出る
  • 値段が高め
  • 特大ボトルはAmazonで買えない
  • 毎食後飲むのが面倒
  • 漢方独特の臭い

  

 

マグミット(酸化マグネシウム

実家に帰ったとき、上の麻子仁丸を持っていくのを忘れたことがあります。私は一日も欠かさず便秘薬を服用しないと不安になるので、実家にたまたまあったマグミットをもらって飲みました(病院で処方されたものなので、本当は処方された人以外は飲んではいけません)。

感動体験

翌朝待っていたのは感動でした。これまで、どんな便秘薬を試してもある程度の腹痛があり、長年便秘薬を飲み続けてきた私としてはそれが当たり前だと思っていたのですが、実は違うんですね。ちょっとお手洗いにのつもりだったのに、何の痛みも伴わず中のものがすっきり全部出たのです。これを感動と呼ばずになんと呼ぶのか。

さっそく、放置されていたマグミットを実家から全部持ち帰り(本当はいけません)、なくなるまで毎日飲みました。薬慣れするということもなく、快適なトイレライフを過ごすことができました。

こちらも水分不足型の便秘持ちにおすすめ

マグミットも、水分不足による便秘の人に向いています。マグミットには腸内に水分を引き寄せて、便を柔らかくする効果があるからです。

  • おすすめ度 ★★★★★★★★
  • 感動レベルの自然な排便
  • 価格が安い
  • 水分不足による便秘に効果てきめん
  • 病院に行かないと買えない

3Aマグネシア

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出典:Amazon

酸化マグネシウムと自分の便秘の相性が抜群に良いと知った私ですが、いかんせん病院に行くのは面倒。市販で購入できないか調べたところ、3Aマグネシアがヒットしました。

Amazonで買える喜び

こちらの商品は、Amazonで購入可能です。ただし価格は、診察料を考えても病院で処方してもらったほうが安くすみます。私はすぼらなので、ほぼすべてのものをAmazonで買っています。Amazonで手に入るかどうかは、私にとっては非常に重要でした。

効果はマグミットとほぼ変わらず。ただし長期服用は注意が

効果は病院で処方してもらうマグミットとほぼ変わりません。酸化マグネシウムは、毎食後に飲むか、就寝前に1度だけ飲むかどちらかになります。私はもちろん就寝前にのみ飲んでいます。

酸化マグネシウムは、習慣性が少なく、長く続けても効きめが落ちません。ただし長期服用すると高マグネシウム血症になるおそれがあるとのことなので、医師と相談しつつ服用しましょう。私もそろそろ病院で診てもらおうと思います。

  • おすすめ度 ★★★★★
  • 腹痛がほぼなく自然な排便
  • Amazonで買える
  • 水分不足の便秘に効果てきめん
  • 価格が高め
  • 副作用が心配

 

便秘はQOL(生活の質)を左右する

長年便秘に苦しんできた者として、良い便秘薬と出会えるか否かは生活の質に関わります。もちろん便秘薬に頼るだけでなく、生活習慣を見直すことも不可欠です。私も日常的に、ヨーグルトを食べたり水をたくさん飲んだりすることを心がけています。

しかし、それでも頑固な便秘はなかなか良くなってくれません。経験から言って、便秘を我慢するより、薬を使ってでもスッキリしてしまったほうが、ストレスも減り健康にも良い気がします。

便秘が続くと、肌は荒れるわいらいらするわ身体は重いは食欲はないわで、人相もかなり変わってしまいます(私の場合)。自分の体と相談して、うまく便秘薬と付き合っていきたいものです。

二品。

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どんどん茶色くなるお弁当。品数が圧倒的に足りないんだなこりゃ。

集中力がない

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お弁当は相変わらず茶色い。もも肉を二枚、味噌と醤油でそれぞれ漬け込んだ。当分茶色いお弁当が続きそうだ。

 

平日は、「休日になったらあれとこれとそれしよう」と思うのに結局やらない。集中力がない。

 

今日は佐野眞一東電エリートOLのルポを読んだ。あまり好みではなかった。佐野眞一の著書が家にまだ五冊くらいある。読もうか迷うが…。気が向いたら読もうか。

 

「人類が知っているすべての短い歴史」を読みはじめた。科学史は詳しくないが、好きだ。

やっとこさお弁当デビュー

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曲げわっぱのお弁当箱を買い、ようやくお弁当デビュー。先月の引き落とし金額に驚愕し、節約を決意しました。見事に茶色い。

「この世界の片隅に」を見て「ヴェニスに死す」を思い出す

この世界の片隅に」、私も見ました。見終わった後、原作も買って読みました。

旦那は2回見に行ってました。最初に彼がひとりで見て、彼がものすごくお勧めするから私も連れて行ってもらった、豊島園の映画館のレイトショーで。

どこがどう面白いのかは、宇多丸師匠のラジオがくわしいのでそっちを聞いてもらうとして、私は私の個人的な感想を書く。

 

観終わった後旦那と話して衝撃を受けたのは、彼がこの映画を「希望の映画」と位置付けていたこと。私は「絶望の映画」だと思っていたし、誰しもそう感じるだろうと当然のように思っていた。

でもよくよく話し合うと、それは私たちの人生観の違いに由来しているのだった。私は人生は絶望だと思う。99%が絶望で、でも1%の希望があるから何とか生きている、と思っている。でも彼は逆で、99%が楽しいことや希望にあふれているけれど、1%の絶望があり、それと折り合いをつけて生きていく、と思っている。

 

私が絶望というのは、いわゆる「絶望的なこと」を指しているわけではない。私にとっては、毎日金を稼いでモノを食べてお風呂に入って身ぎれいにして一定時間の睡眠をとらなくては生きていけないということ、それ自体がもうすでに絶望なのだ。

甘えているわけじゃない。もっとひどい状況の人だっている、お前は幸せなほうだというのは理解している。でもそういう話ではないのだ。

 

ヴェニスに死す」のアシェンバハは、世界的に成功している確かな実力のある作家であるにもかかわらず、自分のこれからの仕事に対して苦悩している。

誰がどれほど自分のことを評価し賞賛しようとも、自分が自分のことをどう思うかが結局のところ全てであって、それはどんな立場にいる人間でもそうなんだ。自分に完璧に100%満足いくことなんてあり得ないんだ。

 

人は生きている間にどんなに偉大な、素晴らしいことをしても死ぬまで苦悩するし、生きていくために毎日毎日食べたり寝たり起きて洗濯物をたたんだりしなくちゃいけない。

 

この世界の片隅に」のラストでは戦争孤児を養子に迎えいれる場面が描かれ、主人公のすずは「記憶の器になる」(映画では「笑顔の器」)と話す。でもそれって辛い。終戦のラジオを聞いた後、「何も知らない私でいたかった」とすずは泣くのだけど、それって良く分かる。辛い記憶や苦しい過去は、死ぬまで私たちを苦悩させる。

 

なぜそれほどまでして生きていかなければいけないのか?正直分からない。でもしょうがない。生きていく限りは悩むしかない。はっきり言ってさっさと終わりにしたい。でも苦しむしかない。それが死ぬまで続くことが絶望だし、それが分かっているのに日常を日常として生きていかなくてはいけないことも絶望だと私は思う。

 

つまり誰もが絶望を抱えながら生きている。なぜこれほど苦しんで生きなくてはいけないのか分からないまま。それでも生きていくんだよ、どんな絶望を抱えていても日常は日常として続けていくしかないんだよ、というのがこの映画なんだと思っていた。

これまでの戦争映画と違うのは、それを表現するのに絶望にスポットを当てるのではなく、日常にスポットをあてたところではないか、と私は思っている。

でも旦那はあのラストで、希望を見出している。「これからどんどん良くなる」という希望。そういう見方もあるのか。私は絶望が続いていくというラストなんだと思っていた。

 

どんな見方をするにしろ、映画としてよくできているし、アニメーションならではの表現や描写には新奇性もある。見て損はない映画だと思う。笑えるしね。

誰の為でもない文章

「ライターとして勉強のためにブログをやってみなさい」と上司に言われて、このブログとは別でブログをやってみたけれど、見せた結果どうやらブログは向いていないことが判明。言われたのは「自分のFacebookでシェアできるものを書け」。私が書いていたのはたしかにシェアするのがはばかられるブログだったから、ブログ自体を消してしまった。

 

でもよく考えてみたら、別にシェアできないブログを書いたっていいんじゃないか。勉強用は勉強用としてまた作るとしても、そうではない、誰にも見せられないけれど自分が書きたいことをただ何も考えずつらつら書く、というブログがひとつあっても良いよね。

 

私が好んで読むのも、そういうブログだ。匿名の、だれにも見せられない日記帳のようなブログが私は好きだ。とくに同じ年代位の女性のブログが。

 

だからこのブログはそういう方向性で残しておこうと思う。画像なんてなくてもいいし、SEO対策なんかも考えない。H2とかH3とかもつけない。毎日更新もしない。気が向いたとき、何か衝動的に書きたくなった時に、誰に対してでもなく、自分に対してですらない文章を書く。

それもありだろう。

リリーのすべて

飯田橋ギンレイホールにて「リリーのすべて」を見てきました。キャロルとの2本立てです。まさかの満席で人生初の立ち見を経験しました。立ち見であることを忘れる面白さでした。

10秒で分かるあらすじ

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出典:映画『リリーのすべて』公式サイト

 

画家同士のラブラブ夫婦生活(子ども無し)→絵のモデルとして女装→自分の中の女に目覚める→いろいろあって世界初の性転換手術→手術の合併症で死亡。

 

私は完全に奥さん目線で見てしまいましたね…。

 

詳しいあらすじ

1926年のデンマークの首都コペンハーゲン肖像画家のゲルダ・ヴェイナーは、風景画家の夫・アイナーと暮らしていた。

ゲルダの画家としての名声はアイナーに及ばなかった。ある日、ゲルダが制作中の絵(女性ダンサー)のモデルが来られなくなり、アイナーに脚部のモデルを頼む。それを見たゲルダは、冗談でアイナーを女装させ、「リリー」という名の女性として知人のパーティーに連れて行ったが、リリーが男性と親しげにする姿に当惑する。

しかしその後もアイナーはリリーとして男性と密会を続けていた。ゲルダはリリーをモデルとした絵を描き、画商から評価を受ける。アイナーに対して、ゲルダは自分の前では男でいることを望むが、アイナーは「努力してみる」としか答えず、パーティーの出来事が女装のきっかけではないと打ち明ける。

やがて、アイナーはリリーとして過ごす時間が増え、絵を描くこともやめてしまう。ゲルダはアイナーを医者に診せるが、そこでは精神疾患という扱いしか受けなかった。

ゲルダの絵に対する引き合いを機に夫妻はパリに移った。パリにはアイナーの幼馴染みの画商・ハンスがおり、ゲルダはアイナーの真実を打ち明ける。話を聞いたハンスはゲルダの力になるべく、アイナーに数人の医師を紹介するが、やはり精神疾患という診断しか下されなかった。

しかし、「それは病気ではない。アイナーの言うことは正しい」という医師が現れる。この医師はアイナーに先例のない性別適合手術の存在を告げ、アイナーは手術を受けることを決断する。

リリーのすべて - Wikipedia

エディ・レッドメインの全裸

エディ・レッドメインの顔がものすごく好きなんですよね。どこからどう見ても育ちが良さそうなあの顔、良いですよね。笑うと広い口が更に横に裂け端にシワがぎゅっと寄るのを見ると、なんというかぽ〜っとしてしまうのです。つまりまあ、めっちゃタイプなんです。

で、そのエディが今回全裸になったり女装したりするんですが、もうそれだけで「ごちそうさまです」って感じ。アイナーが自分の中の性に対して苦悩するとき、自分の全裸を鏡に映すシーンがあり、そこでアイナーは精器を足の間に挟むのですが、絶妙に見せない演出がにくい。見たかった、というのが本音ですが…。

女性が受ける男性からの目線

さて、全編通して印象的だったのは、彼らが交わす/受ける視線です。

冒頭で妻が男性の肖像画を描いているとき、女性が男性から受ける視線と、男性が女性から受ける視線について話すシーンがあります。女性は日常的に男性からの視線を浴びているけれど、男性は女性からの視線には慣れていない。だから女性から視線を受けるとき男性は緊張し、しかし同時に服従の快感を感じると、というセリフです。

女性として、これはすごく理解できる。女性は常に男性の視線に晒されていて、見て見ぬふり、気づかぬふりをして過ごしていると思います。「視線を操れる人はまれだ」とどこかで読んだことがありますが、確かに人は誰かからの視線には敏感だが、自分が送る視線には無頓着なことが多い。

特に女性は視線に気づいていても気づかないふりをするのがうまいので、男性は自分の視線が相手にどのような影響を与えているのか気づきにくいのではないか。でなければあれほどあからさまに視線を向けることはできないはずだと私は思うのです。

男性が女性からの視線に緊張する、というのも分かる気がする。男性をじっと見つめると、すごく挙動不審になったりするから。我々女性は盗み見るのもすごくうまい。もちろんそうでない人もいるけど、でも一般的に言って、男性よりはずっとうまい。「地図が読めない女、話を聞かない男」でも読んだことがある気がするけど、男性は盗み見るのが下手だよね。

視線への快感、は、女性の特権だろう、ということ。それがまず冒頭にくる。

リリーが舞踏会に出るとき、多くの男性がリリーを「盗み見」ます。リリーはそこではじめて、自分への視線に意識的になったのだと思う。そのときリリーが感じたのはまさに、緊張と快感だったはずです。何がアイナーをリリーにしたのか?私は、誰かの視線が、彼女を真に女性にしたのだと思う。誰かからの視線ではじめて、彼女は自分が女性であることに気づいたのではないでしょうか。

ここで思うのは、ファッション(見た目)の効用です。自分の姿が変わることは、自分が変わるということだけにとどまらない。それは、他者をも変えるのだ、ということ。自分が表面的に変化し、それを受けた他者(の反応)が変わることによってはじめて、本当に自分が変わるのだ、と思うのです。人は一人で生きているわけではない。他人との関わりによって自分が常に定義づけられていくのだ、ということです。

それ自体は当たり前といえば当たり前なんだけど、それを視線の受け方/受け取り方だけで伝えるのがすごいなと思いました。リリー/アイナーは自己のアイデンティティに関して映画内で多くを語っていない、というかむしろほとんど何も語っていないに等しいのに、その変容が見る側にダイレクトに伝わってくる。非常に映画的な表現の仕方だと思いました。

 

ほかにも、彼らの夫婦関係は非常に興味深いとか、もし自分の夫が突然女性になったら辛いだろう、もっとも辛いのは肉体的な触れ合いができないところな気がする、とか、医者の診断は人の深いところに大きな影響を与えるとか、いろいろ思うことはありましたが、言葉にするのは難しいな。それを言葉にするために、もう一度見ても良いなと思います。

思い出したこと

エディ・レッドメインの顔を見ると「育ちがよさそうな」という修飾語を思い出すんですが、「育ちがよさそうな男性」という言葉を聞くといつも吉本ばななの小説を思い出します。どの小説だったか失念してしまったけど(たぶんキッチンの続編の『満月』かな?)、そこで語尾を「~でしょう」と言う男性が出てきて、主人公のみかげが「こういう育ちの良さそうなところが好き、私を傷つけたりしないだろうから」みたいなことを思う場面があるんですよね。

ストーリーの内容はあまり覚えていない(なにせ読んだのが中学生とかだから)んだけど、そういう細部をすごくよく覚えているな。